デカルト
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ルネ・デカルトはフランス生まれの哲学者であり、「我思う、ゆえに我あり」という有名な哲学的命題を推導し、近世哲学の祖として知られています。また、数学者としてもデカルト座標系やデカルト積などの名がつけられた計算法や概念を確立しています。
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代数学と幾何学は、他のどれよりもはるかに確かな学問である。たとえば、対象となるものはきわめて明瞭かつ簡単だから、この二つの学問は、経験に照らして疑いをかけられそうな仮説を一切必要としない上、すべてが、推論による筋の通った帰結の形で成り立っている。
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(推論の鎖によって次々に結論が導かれるようになっていない)ようなことを真実とみなさないように用心し、導かれる帰結に必要なだけの秩序が常に保たれるように心がけていれば、到達できないほどかけ離れて遠いものはなく、明らかにすることができないほど秘密なものもない。
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どこかの森に迷い込んだ旅人たちは、あちらへ向かったり、こちらへ向かったりして迷い歩くべきではなく、いわんやまた一つの場所にとどまっているべきでもなく、つねに同じ方向に、できる限りまっすぐに歩むべきである。というのは、旅人たちは彼らの望むちょうどその場所に行けなくても、少なくとも最後にはどこかにたどりつき、それはおそらく森の真ん中よりはよい場所であろうからである。