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杉浦重剛

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杉浦重剛は、明治から大正時代にかけての日本を中心とした国粋主義的教育者・思想家・政治家として、人格高邁な国士として知られています。彼は、近江国膳所藩の儒者・杉浦重文の次男として膳所藩(現・滋賀県大津市)で誕生しました。3歳のときに護衛樹三郎も目撃するなどの経験を持ち、数え年6歳で入学を許された藩校・遵義堂で高橋正功(坦堂、作也)、黒田麹廬、岩垣月洲先生から漢学・洋学を学びました。結果、理学宗の世界観を確立しました。

世界を恐れるな。ただ自己を恐れよ。
世の中は広いので人も多い。したがって各人の顔が異なるように、その心もまた、決して皆同じではありません。もしそれが気に召さないからといってその人を排斥するようであれば、衆の力を得ることなどできましょうや。古今東西に名を遺(のこ)す名君は、みな寛厚の度量の持ち主でありました。
事を為すには、衆力を要し、衆力を得るには、寛厚(かんこう)の度量を具(そな)えざるべからざるを以(もっ)てなり。