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谷川俊太郎

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谷川俊太郎は1931年東京府に生まれ、疎開先の京都府立桃山中学校卒業後、現在の東京都立豊多摩高等学校を卒業しました。日本の詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家として知られています。

親にも先生にも頼らずに友だちにも相談せずにひとりでいやだと言うのには勇気がいるでもごまかしたくないいやでないふりをするのはいやなんです
よるになったらほしをみる ひるはいろんなひととはなしをする そしてきっといちばんすきなものをみつける みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる だからとおくにいてもさびしくないよ ぼくもういかなきゃなんない
失うもののないこころには喜びが流れこんでくる
暴力を前にしておののきふるえぬものはいない私たちは死をおそれるわたしたちはみな生を愛する
どうしたら このこの てだすけができるだろう。あったことが なくても このこは ともだち。
反対意見を言われて「私がまちがっているのかもしれない」と思うのは、「私は正しい」と思いこむのより健康で建設的です。
いやだ と言わせてくださいいやがってるのはちっぽけな私じゃない幸せになろうとあがいている宇宙につながる大きな私のいのちです
ぼくはいつも何かことば以上のものにこがれていて、そのため、時にはただ黙っていたいのです。
なぐればなぐり返される刺せば刺し返される撃てば撃ち返される殺せばあなたも殺される
何の詩もないのに 何の音楽もないのに 心にひとつのリズムが生まれ 眼に涙が浮かぼうとしている
あくびがでるわいやけがさすわしにたいくらいてんでたいくつまぬけなあなたすべってころべ
人と出会ったおかげで、自分とも出会えた。
甘えると苦しみはいつまでもうずく
いやだ と言っていいですか本当にからだの底からいやなことを我慢しなくていいですか我がままだと思わなくていいですか
他者に誠実であるということは、言葉に誠実であるということだ。
自分を愛すること。それは生を愛することに他ならない。
追い求めると楽しみには哀しみしか残らない
なんにもないのになにもかもあるそれこそ私の最大の贈り物それを私は愛と呼ぶのだ
ことばで問われた質問に、いつもことばで答える必要はないの。深い問いかけにはアタマだけじゃなく、ココロもカラダも使って答えなくちゃね。
幸せを求めているものを傷つけて幸せになれるだろうか?
ともだちって かぜがうつっても へいきだって いってくれるひと。ともだちって いっしょに かえりたくなるひと。すきなものがちがっても ともだちはともだち。だれだって ひとりぼっちでは いきてゆけない。ともだちってすばらしい。
(言葉を)探すというか、出てくるのを待つんですよ。自分でも、なんでこんなのが出てきたの?という言葉が面白い。
うぬぼれがしばるこころをしばる
大人ってわからない世間っていったい何なんですか何をこわがってるんですか
貝殻と小石と壜の破片とそのように硬くそして脆く私の心も波打ち際にころがっている
おだやかにあれ こころよのびやかに しなやかに はれやかに
長い間一緒に暮らして、その間に芽生える感情こそが「愛」で、そのことの方が恋愛よりもずっと大事。
どんなに深い喜びの海にもたった一粒の涙が溶けていないということはない
生きているということいま 生きているということ鳥ははばたくということ海はとどろくということかたつむりははうということ人は愛するということあなたの手のぬくもりいのちということ
何もないところに忽然(こつぜん)と立っているひとりの女とひとりの男そこからすべては始まる
ともに生きるのが喜びだからともに老いるのも喜びだともに老いるのが喜びならともに死ぬのも喜びだろう
何にもまして幸せなのはかたわらにひとりのひとがいていつでも好きなときにその手に触れることができるということ
あなたのいのちはつながっている他のすべてのいのちと
だけどおれにはおれしかいないそうだおれにはおれしかいないおれはすてきなひとりぼっち
怒りが閉ざすこころを閉ざす
嫉まれるがいい。憎まれるがいい。幸福もまた無傷ではない。疑うがいい。苦しむがいい。愛もすでに無心ではない。
万有引力とはひき合う孤独の力である宇宙はひずんでいるそれ故みんなはもとめ合う