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野村克也

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野村克也は日本のプロ野球選手、コーチ、監督、解説者、評論家であり、史上2人目の三冠王を達成したプロ野球史上初の捕手である。パ・リーグで最多のベストナインを19回受賞し、本塁打王を9回獲得し、打点王を7回獲得し、最優秀選手を5回受賞した。また、打席数・打数・犠飛数・併殺打のそれぞれの歴代2位または1位の記録を残した。'

リーダーは、部下を好き嫌いで使うことは許されない。
プロとして恥を知れ。一生懸命、汗をかけ。
プロとは、積み重ねを大切にすること、意識すること。これこそ、プロとしての基本理念である。
「真似るな」とは言いません。ただし「真似る」を「学ぶ」にまで進めてほしい。
戦いには、気機(指揮官と兵士の闘志)、他機(天の利)、事機(組織としてのまとまり)、力機(戦力)―――の四つがある。その中で最も重視されるのは、気機である。
しつけの目的は、自分で自分を支配する人間をつくること。
(プロ野球界で)今、一番欠如しているのは、「らしさ」だと思う。スポーツマンらしさ、野球選手らしさ、男らしさ。その「らしさ」を取ったらどうするんだよ?
褒めることの効果は大きい。しかし、プロである以上、プロの水準で褒めなければならない。ホームランを打った選手に「ナイスバッティング!」と言うような監督はプロとして失格。褒められた選手が「さすが監督は眼のつけどころが違う、よく見てる」と感心するような褒め方でなければ効果はない。
人間は、恥ずかしさという思いに比例して進歩するものだ。
未熟な組織には、原点がある。教えられることが多い。
一流と二流の差は何かと言えば、私は頭脳と感覚の違いだと思うのです。
大きな舞台になればなるほど、勝負は技術だけにとどまらない。人間そのものの対決になる。
有事に強い者、それは不真面目な劣等生。
監督業というのは、「気付かせ屋」。
失敗の根拠さえ、はっきりしていればいい。それは次につながるから。
コーチの声がかかっても「自分は監督しかやらない」と断る者がいる。経験を積まずに監督なんてどういう意味なのか?
ID野球の極意は、重い予備知識と軽い先入観。
命令するからには、全責任は監督にある。つまり、クビになるのはおまえでなくワシや。だから、失敗してもいっこうにかまわない。おまえの失敗はおまえを使ったオレが悪いのだから、全てを出しきり、結果は神にゆだねろ。
一流は常に不安と自信が背中合わせにある。
勝負(に挑むために必要なこと)とは、①頭で考える②見つける③試す。
勝負で最も大事なのは、気概である。野球では“気”が付く漢字はすべて大事。元気、気迫、気力、気分……。
先入観は罪、固定観念は悪
笑顔と真剣な顔が、人間の一番素敵な顔。
「恥ずかしい」と感じることから進歩は始まる。
指導者は「中心軸」が必要。中心軸とは、信頼、信用、尊敬、人望。
(試合時に選手を)「褒める」ことも戦いのひとつ。
ちっぽけなプライドこそ、その選手の成長を妨げる。
組織はリーダーの力量以上には伸びない。
「なぜ、その一球を選択したのか」「なぜ、他のモノは捨てたのか」を明確に認識してこそ、プロフェッショナルと言える。
勝負の選択には、二つのことが考えられる。安全策を取るか、奇策を取るか、どちらかだ。
(チームへの)愛情を育てれば、チームは強くなる。
一人の選手を特別扱いできるほど、「仕事をする」ということは甘くない。
一流打者は一流投手を育て、一流投手も一流打者を育てる。
(監督にとって)一番大事なのは、選手との信頼関係であり、監督としての器。器でない人がやると必ず摩擦が起きる。プロ野球の監督も適材適所。
限界が見えてからが勝負だ。
指示はいかに簡素化するかが大事
優秀な監督は、勝敗の大きなポイントを心得ていて、そこで具体的な指示を出せる。
勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。
失敗と書いて成長と読む。
人に好かれているうちは、勝負師としては三流。
監督の仕事の根本は、「チームづくり」「試合づくり」「人づくり」である。
切に願うは必ず成るなり。
信は万物の基を成す。
優勝というのは強いか、弱いかで決まるんじゃない。優勝するにふさわしいかどうかで決まる。
コーチの第一義は、自信を無くしている、目標を失っている選手に、いかに意欲を出させるか、ということ。
何事にも段階はある。省いてはダメ。
一足飛びにリーダーになって成功した例は聞いたことがない。何事にも段階はある。省いてはダメ。
部下を「信じる」というのは、リーダーの重要な資質。
「日本のコーチは親切過ぎる、教えたがる。 自分の存在感を(選手に)押し付けている。コーチは“手助け屋”でいい。
「開き直り」とは、その瞬間に自分の持っているすべてを出しきり、燃焼すること。
実力の前には、縁起も通じない。ジンクスも何も無力や。
0点で抑えれば100%負けない。10点取っても11点取られれば負ける。やはり1対0のチームを目指さないと。
一瞬のやる気なら誰でも持てる。けれども、持続性のあるヤル気は深く認識したものだけに宿るのである。
選手の力を引き出すために必要なものは、「時間」「知識の導入」「情報収集」「適材適所」
不器用な人間は苦労するけど、徹してやれば、器用な人間より不器用な方が、最後は勝つよ。
オーナーには直言してくれる人がいないじゃないですか。みんなオーナーが気持ち良くなる話しかしてこないでしょう。人間偉くなるとそうなるものです。
見てくれない人が1000人いれば、見ている人も1000人いるものや。
リーダーシップとは人を動かす、先を読むこと。人を動かすのは生きがい、夢、希望、目標、目的、ビジョン、興味、関心。
二流も頭を使えば一流を超えられる。
35歳を越えて敵がいないということは、人間的に見込みがないことである。
ナポレオンは「人間を動かす2つのテコがある。 それは恐怖と利益である」と言った。私はこの2つに「尊敬」を加えたい。リーダーは「利益と尊敬と、少しの恐怖」で組織を動かしていくべきで、その潤滑油が「笑い(ユーモア)」だ。
自己を過大評価した瞬間から、思考の硬直が始まる。
プロは技術的な限界を感じてから、本当の戦いが始まるのだ。
勝つことへの執着心こそ、チーム愛の原点。
私は情にもろい。だから選手、コーチと一切食事には行かない。いざというとき、切れんからな。
手抜きをしないことこそ、一流選手への条件。
監督は気づかせ屋さん。
敵に勝つより、もっと大事なことは、常に自分をレベルアップすること。
1年目には種をまき、2年目には水をやり、3年目には花を咲かせましょう。
プロとは当たり前のことを当たり前にできる人間をいう。
楽を求めたら、苦しみしか待っていない。
芸を売るから芸人であって、芸能人は芸がNOの人、ただのタレントということだ。
マスコミは、ペンで人を殺せる。
人間学のないリーダーに(リーダーの)資格なし。
リーダーには権力と権威が必要。
天性とか勘だけでは限界がある。安定感がないし、継続もできない。
一流は一流を育てる。
使命感とは命を使うことだ。
“人間3人の友を持て”と言う。原理原則を教えてくれる人、師と仰ぐ人、直言してくれる人。
頭を使え、正しい努力をしろ。
リーダーシップとは方向を明示する力。
重荷があるからこそ、人は努力するのである。重荷があるからこそ、大地にしっかりと足をつけて歩いていける。
コンピューターがどんなに発達しようとしても、仕事の中心は人間だ。ならばそこには「縁」と「情」が生じる。それに気づき、大事にした者がレースの最終覇者となるのだと思う。
人生という字をどう読むか?人として生まれる、人として生きる、人を生かす、人を生む…、それが人生なんです。
(自分が選手の)「再生工場」と言われるのは、選手たちの痛みを知っているから。
変化を見る目とそれに適応できる能力が必然的に求められる。常に進化を求め、貪欲に欲求、欲望を持ち続ける。限定しないこと。
「もうダメ」ではなく、「まだダメ」なのだ。
小事が大事を生む。
意外なこと、考えられないことが起きて勝つことがある。実感として負け試合なのに不思議と勝ったなあ、と。だから1対4でも、あきらめてはダメ。
世の中、(相手に)好かれているか、(相手より)ケンカが強いか
どれだけの備えをしたかで結果は決まる。
(選手に)どこか良いところがあれば、そこを生かせるところで使ってやろうと思う。それで花開くこともある。
(駄目な監督は)いつもツキを口にする。敗戦を「ツイていない」で片付けてしまう。「人材がいない」と嘆く。「心」や「精神」といったものをお題目のように唱える。
土壇場を乗り切るのに必要なのは勇猛ではなく、冷静な計算の上に立った捨て身の精神。
育成とは自信を育てること。自信とは見通しのこと。
個性というのは人間の個人差のこと。(しかも)周りの人間の承認や納得が得られるもので、なおかつ輝いて見えるものが個性。
「叱る」と「褒める」というのは同意語だ。情熱や愛情が無いと、叱っても、ただ怒(おこ)られているというとらえ方をする。
叱り方が信頼を生む。
ムードは大事。ムードが良いとチームはうまく機能する。お通夜みたいなベンチでは、勝てるものも勝てない。
「見えない戦力」づくりのポイントは、監督と選手の以心伝心とも言える信頼関係にある。