九条武子
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九条武子は日本の学者、歌人、教育者、政治家であり、『金鈴』『薫染』などの歌集を残しました。1911年に仏教婦人会の本部長に就任し、京都女子専門学校を設立。1923年の関東大震災で自身も被災するが一命を取り留め、全壊した築地本願寺の再建、震災による負傷者・孤児の救援活動など様々な事業の推進を行いました。
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われらの愛は、理智の導きによって、正しき成長をもとめなければならない。そして之(これ)を永く撫育(ぶいく)してゆくものは、おのずからにして鍛え上げられた情操にほかならない。理智に明らかにして、しかも濃(こま)やかなる情操を保持するところに、よき均衡と調和された、ゆたかな生活が展(ひら)かれる。
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名利(みょうり)の深山にさまようてはならない。しかし、諦らめられぬ煩悩の生活に、人間の悲しい闇がある。愛慾の苦海に沈淪(ちんりん)してはならない。しかし、愛慾の索を断ち得ぬところに、地上の営みの暗い悩みがある。
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追憶に耽(ひた)ることによってのみ、慰安をむさぼるのは愚痴である。しかし近代人は、見知らぬ未来を逐(お)うことにのみ心惹かれて、みずからの辿(たど)ってきたなつかしき過去に、何らの感激を見出そうともしない。
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梅も百合も、さては名もなき野の花も、自然の寵児(ちょうじ)は、自らに恵まれた個性を、素直に発揮してゆくところに、みずからの生命を愉躍(ゆやく)し、そしてよく他と調和して、自然界の平安な美を保っている。
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古人の残して行った幾多の芸術は、新しいという、また古いという時間的生命に、支配されることはない。そこには時間と共に亡び去ることのない、永遠の生命が躍動している。自らの生命を打ちこんで築き上げた、自らの世界をもっている者の強さがそこにある。
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あこがれへの一路の旅は、つねに幾多の試練がくりかえされる。しかし究極の到達を信ずるがゆえに、喘(あえ)ぎくるしむことの、徒労でないことが知られる。むしろ与えられた試練を受け入れることの、愉快をさえ覚えるであろう。
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多くの人たちは、単に限られた生命の延長のみをねがい、限りなき生命を育くむことを忘れがちである。千古(せんこ)のおしえを垂れたいにしえの聖者たちや、芸道の上に不滅の光を放った古人の努力をみるにつけても、短い生命を育て上げることの尊さが感じられる。
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生命を打ちこんだ自分の仕事をもっている人には、その仕事のどんな種類であるにかかわらず、何人(なんぴと)も尊敬せずにはおられない。たとえその一生に成し遂げ得ずとも、永遠にほろびることのない生命が、そこに見出(いださ)れる。
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苦しみは何人(なんぴと)も共にし易い。そこには嫉視と羨望の、浅ましい人間意識を用うる必要なき、同情のみの世界を見出すからであろう。ゆえに苦境に沈淪(ちんりん)した場合は、他人と雖(いえど)も互いに親しみ合う、美しい世界が実現されてゆく。