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斎藤茂太

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斎藤茂太は1916年(大正5年)3月21日に日本の東京市で生まれ、昭和医学専門学校を卒業した後、大日本帝国陸軍の精神科病院である国府台陸軍病院への招集を受けました。数々の国際的な精神科学リサーチ、随筆、翻訳など多岐に渡り活動を行ったほか、1973年に日本旅行作家協会を創立し初代会長を務めました。

率直に話す、素直に詫びる。こうした態度を貫くことが、人間関係で成功するいちばんの近道となる。
嫌いなものから「嫌い、嫌い」と目をそむけているかぎり、私たちは一歩も前に進むことはできない。嫌いなものであっても、まず好きになるための努力をしてみる。そうすることが、前向きに生きていくということなのです。
人間関係を円滑に運ぶコツは、「自分が言われたら傷つくような批判は避ける」ことと、「自分が言われたら嬉しいと思うことをほめる」こと。これにつきます。
「つまらない」といっている間は、仕事はけっしておもしろくなることはない。目の前にあるものから、おもしろさを発見できるかどうか。偏差値が高いか低いかよりも、人生では、こちらの能力のほうがずっと大切だし、役に立つものだ。
「へたな鉄砲、数撃ちゃ当たる」ではないが、要は(夢という)「弾」をたくさん持っていること。たくさん弾があれば、一発や二発、的からそれたとしても、それほど落ちこまずにすむのではないか。
(子供と)一緒にゲームの腕を競ったり、趣味の昆虫採集に熱中したりという父親は、一見、理想的に見えるが、それだけの父親からは、子どもは人生の目標を見いだせない。
豚もおだてりゃ木に登るし、一度、登ってしまえば、二度目からはおだてられなくても登れるようになり、気がつけば、新しい世界が開けていたりする。未知の世界の扉も、一度開けてしまえば、もう未知ではなくなるのだ。
自分のやりたいことをやっている人、好きでやっている人は、精神的にも強いのだ。多少のことではあきらめない、粘り強さを自ら発揮することができるのだ。
人間関係は、まず種をまくことから始めないと、花も実もつけない。
人間、どん底まで行けばしめたもの。後は上がるだけさ。
人には「活躍の場」を与えよう。それが、懐の深さというもので、人の隠れた能力を引き出すということでもある。人の上に立つ人の、もっとも大切な仕事なのではないだろうか。
周囲を巻き込む人は、結果としてコミュニケーション上手になっていく。組織をまとめる役割を果たすことも多い。なぜなら、こういう人は、まわりの誰かが困っているときにも、「大変そうだね、手伝おうか」などと軽く声をかけ、手を貸していたりするからだ。
お金は多くの扉を開くが、心はすべての扉を開く。
怠惰はリラックスではない。
母親の愛は、人間形成の源。
人は人、自分は自分だ。自分が本当にやりたいこと、ほしいものを目ざして進んでいく。それが人生の成功というものだ。そう気づけば、他人の動向など、あまり気にならなくなる。
「今はできない」を「絶対できない」と間違えないように。
酒には、世の中の対人関係での潤滑油としての働きなど、精神医学的にも大効用がある。もちろん、限度を守っての話ですがね。
なんであれ、新しい体験をしたり、人がしないこと、人ができない体験をすると、まず「トクをした」と考える。
大きな夢をひとつ持つよりも、小さな夢をたくさん持って生きていくほうが人生での楽しみが増える。
人生に行きづまり、自分を見失いかけたときほど、なにか行動を起こしたほうがいい。立ち止まってしまえば、ますます立ち遅れ、そのためにさらに自信喪失という悪循環に陥るからだ。
問題は解決できませんでした、課題をあきらめました、という場合だって、それはトラブルが解決したことだと私は思う。なぜなら、「その課題は解けない」という答えを得たことになるからだ。
計画は実現しなくても悲観しない。人生100%では疲れるから、僕は80%主義。これって長生きの秘訣ですよ。
仕事でも趣味でも、すぐに別のもののほうがよかったと思えてしまう人は、休んではまた始め、もう少しだけ、もう少しだけ、と気を取り直し続けていくことをおすすめする。それを繰り返しているうちに、しだいに、おもしろみがわかってくるはずだ。
精神力は貯金と逆だ。引き出し続けることで増してくる。
人間の欲望にはきりがないから、満足することを知らないと幸せにはなれないよ。
どんなに苦しいことも、一生、つづくことはない。
「ああ、よかった」と言えば、本当にすべてがよくなっていく。
知らないことを聞ける人(=相手)を増やすのが、財産を増やすこと。
うさぎ型の人は、うさぎのようなペースで生きるのがいい。うさぎのような能力を発揮するだろう。かめ型の人は、かめのようなペースで生きるのがいい。かめのような能力を発揮する。
言葉はかけ算に似ている。かけ算ではどんな数も最後にマイナスをかけたら、答えはマイナスになる。
他人を認め、他文化を認め、(他人の)命を認める心。それが教養だ。
優柔不断な人は、決断を悩み始めた自分に向かってこう言うといい。「決断するとは、『悩む』のではなく、『決める』こと。どのみち、選択肢は一つだ」
笑われるということは、それだけ関心を集めていることではないか。誰も関心を抱かないような人なら、無視されるだけだ。無視こそ笑われるよりもっと悲惨なのだ。
他人と比べていると、自分が持つ本質的価値を軽視するようになる。すると、焦燥感や虚脱感にとらわれるようになり、ひがみ根性や嫉妬心にとらわれていく。
もし、あなたがいま、心ならずも苦難に直面しているとしたら、その苦難を乗り越えたとき、自分の魅力は一段と増しているのだと大いに希望をもってほしい。
新しいことに挑戦するときに、もっとも大切なことは、現在の自分の能力を考慮してできるかできないかを予測することではなく、「やる気」があるかないかである。これを忘れてはならない。
コンチクショーと思うようなときも、あえて唇の端を引いて、無理にでもニコッと笑ってみる。そうすると、さっきまで腹を立てていた自分がバカバカしく思えてきて、ニコニコ顔が定着する。顔で笑って心で泣いているうちに、心まで笑ってくる。
最初から、あまりに高い望みをもちすぎるから、不満が大きくなるのだ。
小さな手間を省かないことが、大きなイライラを防ぐコツ。
人と人とが「いわなきゃ、分からない」関係というのは、ちょっと寂しいのではないか。実際、「いわなきゃ、分からない」のでは、自分が相手に対して、なんの想像力も働かせていないという証明にもなりかねない。
正面を突くのは無策、意表を突くのが対策。
表面的には目立った成果を上げてはいなくとも、実は組織の潤滑油になっている人や仕事がたくさんある。そんなかけがえのない働きを評価しないのは、不公平というものだ。
友はだまっていてできるものじゃない。積極的に自分から声をかけないと新しい友だちは生まれない。つまり、友が多い人と少ない人の差は、すすんで心の扉を開くかどうかにかかっている。
人は何を語るか、だけではなく 「何を語らないか」でも判断される。アドバイスの中にも、語らないアドバイスというものがあるのではないか。
本当の「自立」とは、自分をきちんとコントロールする「自律」でもある。
誰だって好きなことが一つぐらいはある。それをきっかけにしていけば、どんな仕事にも、興味をもてるところはきっと見つかる。
女性のニコニコ顔にはとりわけ人を魅了する力がある。彼氏がほしい方は、お化粧を念入りにするのも悪くないが、いい笑顔を身につける努力をしたほうがずっとよい。
何かを始めたいのになかなか行動を起こせない人がスタートを切るには、「形から入ること」。これが意外に効果的なのです。
嫉妬心は、いわば、相手をおとしめ、自分より下位に置くために、戦争をしかけているようなものである。だから、嫉妬は憎しみと結びつきやすい。
笑顔は人のためならず。ニコニコ顔の効用は、相手を快くさせることばかりではない。笑顔を心がけているうちに、自分自身の心までときほぐされてくるのだ。
小さなことでもほめ合う夫婦には、何物にも代えがたい豊かさがある。
(人と)衝突したら、大事な相手だからこそ、衝突したのだと考えよう。大事な相手なら、どっちが頭を下げたっていいじゃないか。なら、自分から詫びを入れよう、ということになっていく。
人間というものは、ちょっとスキがあったほうが、人に好かれるものだ。一点の非もない人間よりも、どこかスキのある人のほうが人に好かれる。
何かの打診に対して即答する、この姿勢はチャンスをつかむための「必殺ワザ」とも言うべきものだ。
「ありがとう」の一言は、どんな心もやわらげる。
自分を上機嫌に保つコツは、実は二つしかない。一つは、他人と自分をくらべて、どうのこうのと思わないようにしていることだ。もう一つは、お金が足りないかもしれないとか、あの一言はひどいなあとかいうような心を暗くすることは、できるだけ忘れてしまうようにすることである。この二つを身につけるだけで、人生の悩みのほとんどは消えてなくなってしまうに違いない。
人の顔を美しくする最高の美容術は、笑いである。
後悔で終えちゃダメだ。後悔からスタートするのさ。
忙しいということは、決して、できない理由、やらない理由にはならない。
「でも」を自分に許していると、人生は少しずつあとずさりを始める。「でも」多発の結果は、「やればよかった」後悔になっていくのではあるまいか。
はたから見てたいしたことではなくても、自分がそれに本当に打ち込めるものがある人は幸せである。
友だちをつくれる人とつくれない人の最大の違いは、自分から扉を開く人と、けっして他人を内側に入れようとしない人の違いではないか。
人生から返ってくる球は、いつかあなたが投げた球。
「ありがとう」を多く言うとストレスが少なくなる。
恋愛とは、純粋に相手を思う気持ちから生まれたようで、じつは自愛の変形です。
イヤな上司だと思うのは、自分がその上司のよさに気づかないだけ。
(能力の)不足を自覚すれば、人さまに迷惑をかけまいと知恵が働くようにもなる。人によっては、不足を克服しようとするエネルギーが人生を推進することもあるだろう。
世間からいくら拍手喝采をあびようとも、結局、自分らしく生きているという実感が得られなければ、何の意味もない。
「自分のない人」ほど、自分を主張する。
化学とか物理学など理詰めの学問だと思われている分野でさえ、研究の糸口は空想に近いイメージを自由奔放に羽ばたかせることから始まるのだ。われわれ一般人の仕事も同じではないだろうか。
先手を打って笑顔を。悲しいから泣くのじゃなくて、泣くから悲しくなるという説もある。ニコニコすれば、自然に心の中も楽しくなる。
人と会うのが苦手な人の大半は、相手と打ち解けるのに時間がかかるものだが、それは出会いの一瞬に相手に対する親愛の情を示さないからだ。
楽観的になりたいなら、客観的になることだ。
いい笑顔は、きれいなお化粧以上に、人の心を魅了する。
世の中をうまく生きるための必要条件は、意欲、根気だと思うが、それを支えるのは何といっても好奇心ではあるまいか。
いま何がないかより、いま何があるかで発想しよう。
仕事は雑に考えると、雑事になってしまう。
(他人の)欠点に対しては、どうしても我慢できない部分だけにピントを合わせて、ほかは無視する。長所は逆に、多角度から焦点を合わせて、できるだけ幅広く見つけ出す。
「どうせ」という口ぐせを、「もしかしたら?」に変えてごらん。
友だちは友だち。親は親。その役割はおのずと異なるはずである。
大切なのは倒れないことより、すぐ起き上がることである。
自分自身にこそ「あばたもえくぼ」で接しなさい。
あなたの短所を攻めるのが敵。あなたの長所を認めるのがライバル。
行き詰まったら、裏返したり、上下をひっくり返したりして、ものごとをあらゆる方向からチェックしてみよう。そうすれば、必ず、新しい把手(とって)が見つかるはずだ。
人生に失敗がないと、人生を失敗する。
誰かに、自分の弱さを指摘されたなら、それは新しい自分への第一歩となる瞬間かもしれない。
愛される年寄りになるのは、いつでも「ありがとう」がいえる人。
人づきあいとは相手があってはじめて成り立つものです。「自分が、自分が」とアピールするよりは、まずは相手を敬う気持ちを持つこと。ですから人づきあいにおける最も大切な究極の言葉は「ありがとう」であると私は思います。
人はよく、「やる気はあるんだけど、行動がともなわない」といった言い方をするが、それは「やる気」を阻害する何かがあるからに過ぎない。
人間は、会社やクライアントにお金を出してもらうと、身銭を切った場合の半分も経験が身につかない。
失敗は笑い飛ばしてしまったらいい。そして、次に同じような失敗をしないような対策を講じればよいだけのことだ。
化粧を落としてなおきれいなのが美人。
実は古来、人を最も確実に追い詰めるのは、孤独刑なのだ。
教えた演技ではその俳優の本当の演技、本当の力にならない。
つらいときこそ、あなたはいい「運」をためている。
人間である以上、多少の好き嫌いはやむを得ない。だが、好き嫌いを善悪や、価値の高い低いに結びつけるのは避けよう。
「今はできない」を「絶対できない」と間違えないように。
大丈夫。世の中の人はみんな、自分のことで精一杯。あなたのことなんて、気にしているほど暇ではない。
物事に敏感で自分なりの価値判断を持っていることを「細心」といいます。気が小さいことは人生の武器なのです。